2011年09月13日

陸、お空へ

陸、病気に負けず元気にがんばってます、とまだまだ書きたかったのですが…

9月3日(土)、夜8時15分ごろ、亡くなりました。

陸を見守ってくださった方々、感謝の気持ちでいっぱいです。

本当にありがとうございました。



DSC00570.jpg



7月16日にMRIを受けて、脳腫瘍では、との診断を受けてからほぼ1か月半。

陸は特別変わりなく、ご飯、おやつもよく食べ、お散歩にも1日2回、

今まで通りに行っていました。

このままずっと元気でいてくれるのでは、とそう思ったりもしたものでした。

しかし状態は一気に悪くなりました。

8月29日(月)の夜、

我が家のローソファーの端で寝ていて、頭だけがダランと床に落ちていたので、

頭を持ち上げてソファーに戻すと、起きてちょっと歩いたのですが、

その時に、後ろ足がちょっともたつく感じがしました。

ちょっと大丈夫かと心配になりました。

その後、トイレ完璧である陸が、リビングの真ん中で突然おしっこをしました。

ステロイドのせいで多飲になってるため、

我慢ができなくなってしまったのかと思いましたが、

その後、寝室でいつものようにみんなで寝ると、

数時間後ベッドの上でおしっこをしてしまいました。

こんなことは陸には絶対ありえないことだったので、

驚くとともにいやな予感がしました。


次の日、30日(火)の朝、起きると、

後ろ足がフラフラで上手に歩くことができなくなってました。

朝ご飯は全部食べてましたが、その後、夜に至るまでに、

ずっと起こしていなかった発作を何度も起こし、

今まで聞いたことがないような声で吠え、

ご飯も食べず、私と主人の区別もつかなくなり

1日で一気に危篤状態のようになってしまいました…

その後少し落ち着いたりもしましたが、寝たきりの状態が、その後4日続き、

そして、土曜日の夜、お空へ旅立ちました。



とにかくあっという間でした……



どうしてこんな急に、と思うのですが、

主人が言いました。

「陸、ここでって決めてたんだろう」と。

以前から何度も書いたことがあるように、陸は主人が大好きでした。

この主人が8月27日から9月4日まで9日間の夏休みでした。

陸は27、28日と週末を過ごした後、29日の夜から具合が悪くなり、

3日に亡くなり、4日にお寺に行って荼毘にふされました。

大好きな主人にゆっくりお世話をしてもらえる、この時期を選んだんだろうな、

と思わざるを得ないほど、主人の休みにピッタリはまってしまいました……

主人は夏休みの前の週から、勝手に休みまでのカウントダウンをしてたのを、

私はよく耳にしていました。

「夏休みまで、あと〇日!」と。。。

陸がこれを聞いていたかわかりませんが…



そして陸が具合悪くなってから、主人の夏休みが終わってしまうと

もう陸だけにしておける状態ではなかったので、

翌週の私の仕事の調整もはじめてました。

休みをもらえる日は休みをもらったり、主人がいる週末に移せるものは移し、

どうしても家をあける日には実家の母にきてもらうなど、

電話で私が試行錯誤、調整をしていた会話を聞いていたかもしれません。


主人と最後に一緒にいたいという思いと、迷惑をかけてはいけないという思いで、

いろいろ陸なりに考えこの時期を選んだ、

そんなことを思ってしまう陸の最期でした。




しかし、陸の計算は、最後にひとつだけ少しずれてしまいました。




夏休み中、ほとんど外出せずに陸につきっきりであった主人が、

陸の最期を看取れませんでした……




亡くなった土曜日は私は夕方まで仕事でした。

帰宅後、ご飯は無理やりシリンジであげている状態だったので、

何か陸自身で食べてほしいと、昨年末亡くなった沙綾の時のように、

少し人間の食べ物を食べさせて、少しでも体に栄養を入れよう、と話をしました。

主人が、「じゃあ何か買ってくる」と言いました。

私が「私が行こうか?」と言うと、少し外の空気吸いたいから自分が行くと言いました。

ちょうど午後8時過ぎでした。



主人が近くのスーパーに出かけ、

私がピースにご飯をあげていると、突然、陸の首が背中の方に反りかえり、

そのまま大きく口をあけて呼吸が苦しそうになりました。

目がうつろになり、舌と耳の色が急激に紫色になり、

これは只事ではないと思い、主人に電話を、と思い携帯を取ろうとしたら、

なんと目の前に主人の携帯が……

なんでこんな時に限って忘れるのか……

連絡のしようがありませんでした…

私は一人でどうしたらいいか…とりあえず病院からいただいていた座薬を打ちました。

「陸、今はだめ…」と何度も陸に言いましたが

呼吸が弱くなり、そのまま息を引き取りました。

どのぐらいの時間だったかはっきりとは覚えていませんが、

おそらく5〜6分の間の出来事だったように思います。

携帯で連絡できたとしても間に合わなかったのかもしれません。



数十分後、チーズやプリン、ハーゲンダッツなど沙綾が最後に口にしたようなものを

いくつも袋に入れて主人が帰ってきました。

ずっとお世話してきて、最後もつきっきりでお世話して、

看取れなかった主人が気の毒でなりませんでした。

主人が出かけた時、陸は眠っていたので、

主人が買い物に出かけたことに気づいていなかったのかもしれません…

死に際を見せたくなかったのかとも思いましたが…









7月23日、セカンドオピニオンとして行った病院で、

脳腫瘍で間違いないだろうという診断を受けた時に、

3週間から3か月という余命宣告も受けていました。

大きな大きな大きなショックでした…

ある程度の覚悟はしていたつもりでしたが、毎日元気に生活している陸が、

こんなにすぐにこの世からいなくなってしまう、ということが信じられず、

病院でも帰りの車でも、家に帰ってからも私も主人もずっとずっと泣きっぱなしでした。

でも友達やお世話になっている方々から、たくさんの励ましをしていただき、

前回の記事に書いたように前向きにとらえ、頑張ってこられました。

奇跡を信じる気持ちも忘れず、

そして命あるものにはいつかくる最期に対しての覚悟も、

少しずつしていたように思います。

陸がいなくなったら自分が、そして主人がどうなってしまうのかと考えると、

ものすごく大きな不安にかられていました。

友達にも何度もこのことを口にしていたと思います。

でもちゃんと生活することができています。

心配かけてすみません…

励ましの言葉がとてもとても胸にしみました。

本当に本当にありがとう。感謝しています。

少しずつだとは思いますが、復活していきます。

お気遣いもさせてしまい、すみませんでしたm(__)m

陸が大好きだったピースも、最初は陸を探している感じもありましたが、

ご飯も食べて、お散歩にも元気に行っています。


ご心配をおかけした方々、マルチオフのみなさん、

そしてたくさんのアドバイスをくださったI様、

陸のことを見守っていただき、そして私を励ましてくださり、

本当に本当にありがとうございましたm(__)m




最後に写真、動画載せます。



↓ 陸との最後のお出かけになってしまいました。
 8月20日都立大学「anea cafe」
DSC00607.jpg


↓ 8月24日
DSC00633.jpg


↓ 8月25日 
 陸が元気だったときに撮った最後の写真はピースとの2ショットでした。
 DSC00638.jpg



↓ 8月30日
 陸の具合が悪くなってから。
 陸が好きなピースはすぐに陸の隣で寝ようとしていたのでヒヤヒヤしていました。
DSC00649.jpg


↓ 9月1日
 首をささえてあげないと頭がさがってしまう状態でした。
 ホイップのことをたくさん思い出しました。
DSC00664.jpg


↓ 同じ日、9月1日
 具合が悪くなってからはこんな感じで寝たきりでした。
DSC00661.jpg


↓ そして亡くなった次の日、お寺にいく日。9月4日
 穏やかな顔でまるで寝ているみたいです…
DSC00683.jpg



↓ 最後に9月3日、偶然、亡くなる1時間30分ほど前に動画を撮っていました。
 この日はいつもより少し元気があるような感じで、シリンジでのご飯も少し舌をうまく動かして食べていました。
こんなかわいい顔の動画を撮らせて、私たちを喜ばせてくれた陸は、最後まで本当に本当にいい子でした。赤ちゃんに戻ったかのような陸です。



ポン、ホイップ、沙綾、そしてたくさんの友達がお空にいるので、

陸と仲良くしてくれてることだと思いますわーい(嬉しい顔)

陸のことを気にかけてくださったみなさま、

本当にありがとうございましたm(__)m

これからもよろしくお願いしますm(__)m

ニックネーム ちか at 21:27| Comment(30) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする